イエスが荒野での40日の試練を終えて、ミニストリーを始めたとき、そのメッセージは「神の国(天の国)」についてのメッセージでした。
この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(マタイ4・17)
よく読むと、神の国とセットで語られているのは「悔い改め」です。
神の国に入るためには、悔い改めが欠かせません。
悔い改め(メタノイア)は自分の勝手で気ままな思考パターンを、神の御言葉によって矯正されることです(ローマ12・2)。
それは同時に、あなた自身の思考をも安息させる(休ませる)ことにつながります。
神の御言葉から離れた思考パターンは、どんなに知的であろうと論理的であろうと、その人に安息を与えません。
真の結論にたどり着かないので、どこまでも疲れていきます。
いつまでもそろうことのないルービックキューブをガチャガチャと回し続けるように、自我や世の風潮や悪霊の影響によって翻弄され続けている状態です。
もしあなたが悔い改めず、整えられないと、あなた自身も休めず、そして神も休めません。神はその安息の栄光を現せません。
神は私たちの成長の度合いにあわせて、日々最適な御言葉のチャレンジを与えます。
これはちょっと大げさな表現をすれば、神があなたに対して創造の御業を行っている状態なのです。
神は天地創造の際も、「光があれ」をはじめとする言葉の数々によってすべてを創造しました。
神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。(創世記1・3)
同じように、神は今もあなたの心の闇に御言葉の光を差し込み、あなたを造り上げている最中です。
それゆえ、聖書はあなたに警告しています。
「きょう、もし御声を聞くならば、
あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」 (ヘブル4・7b)
かたくなな心(頑固な心)とは、自分の問題や罪を認めない態度だけではありません。
自分勝手な方法・自己努力で問題を解決しようとすることも、かたくなさです。
あなたの罪や問題が示されたなら、素直に御言葉に従って悔い改め、そして自分の口でその罪を神の前に告白してください。
すると清めが訪れ、あなた自身が変えられていきます(Ⅰヨハネ1・9)。
そして神があなたに対して「今日」完成させたい御業が完成し、神も安息できるのです。
歴史を振り返ると、聖霊が豊かに働き大量の人々が一気に救われるような劇的なシーズンは、誰かの悔い改めがきっかけであることが多々あります。
「悔い改め」によって、神の思いが安息し、その場に聖霊の深い濃密な臨在が訪れるからです。
悔い改めは、意識のパラダイムシフトです。
真の悔い改めは、罪の告白をもたらし、あなた自身が作り変えられ、神の創造の御業が栄光を受けるものなのです。